Aug 27, 2020

久々に…

何年も書いていなかったが久々に更新。

というのも、長年書き込みがないブログは削除?されるということなので。

最近何かを書くのは短文のtwitterになってしまい、ブログのようにある程度まとまった文章を書くこともなくなっているのだが、とはいえこれがなくなってしまうのももったいないので、しばらくは残しておこうかと。

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Sep 06, 2011

仮設住宅の建設地から住宅復興を考える(番外編)

 ここまで岩手・宮城・福島の津波被災地域の仮設住宅を紹介してきたが、福島の浜通り南部(いわき等)や中通りの仮設は、それらとはまた違う状況をみせる。津波で被害を受けた(原則)自地域の住民のための仮設だけではなく、原発災害で避難・転出を余儀なくされた地域の住民を受け入れる仮設が多くを占めるからである。そこで今回は、9月4日に視察してきたいわき市周辺の仮設の状況を紹介したい。

 前述の通り、いわき市の仮設は原発避難地域の住民を受け入れるため、仮設団地の規模が大きいのが特徴である。それだけの規模の仮設住宅を確保するために、市街地内の規模の大きな空地の他に、比較的広い敷地の取れる郊外部の土地、先の立地タイプで言えば(4)計画的開発地や(6)工業団地内が多くみられる。

 四倉工業団地[103戸、主な入居市町村:広野町]は、四ツ倉駅の北西方向約3km、久ノ浜駅の南西約3kmの山の中、いわき四倉中核工業団地の最も奥まった場所にある。工業団地内には商店等はなく、前述の両駅周辺の市街地まで出ないと買い物は出来ないと思われる。木造仮設がいまだ建設中であった。
 四倉町鬼越[250戸、主な入居市町村:広野町・川内村 ]は、四倉駅のすぐ西側に面している。が、駅の出口は東側のみと思われ、駅から直結しているわけではない(と思われる)。工場用地または資材置き場などと思われ、敷地はかなり広い。そのうちの一部を仮設住宅にするものと思われ、木造仮設を建設中であった。線路の反対側とはいえ市街地に近く、また敷地正面にコンビニもあるなど、比較的利便性は高い。
 上荒川[241戸、主な入居市町村:楢葉町]は、いわき駅から南へ2km程、明治団地という戸建住宅地の奥、住宅地を見下ろす高台に位置する。団地に接する道路沿いにはスーパーや家電量販店などが並んでおり、高台で多少アクセスは不便かもしれないが、団地の住宅とほぼ同じ利便性といえよう。ここもまだ建設中であった。
 好間[62戸、主な入居市町村:富岡町 ]は、常磐道いわき中央ICに近い住宅街の中、公営住宅(と思われる)の裏側の敷地にある。近くにスーパーなどもあり、生活に必要な機能は近隣に揃っているとみられる。
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(左:四倉工業団地の木造仮設、右:四倉町鬼越の木造仮設の敷地全景)
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(左:上荒川の仮設=丘の上にある白い建物、右:好間の仮設=公営住宅に面する)

 好間工業団地は、常磐道いわき中央ICの北側にある工業団地で、工場が立ち並ぶ中に第一[156戸]と第二[84戸、いずれも主な入居市町村:大熊町]がある。どちらも工場の敷地の一部にあるようにもみえ、工場に面しているような立地である。工業団地内には商店等はなく、車で市街地まで降りないとならないと思われる。
 常磐迎第一[62戸]と第二[78戸、いずれも主な入居市町村:広野町]は、湯本駅近くの市街地内にあり、広野町仮役場も仮設から2km程の高台に位置している。第一は県道に面した敷地にあるプレハブの建物、第二は市営住宅(と思われる)の奥の敷地にある木造仮設である。

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(左:好間工業団地第一=工場と同一敷地にみえる、右:好間工業団地第二)
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(左:常磐迎第一、右:常磐迎第二の木造仮設)

 南台[259戸、主な入居市町村:双葉町]は、勿来駅から北西5km程の山中にあるニュータウン内にある。いわき市内にある仮設としては、最も市街地からは離れた立地であろう。住宅団地と工業団地で構成される新規の造成地とみられ、仮設は両者のちょうど間に位置する形である。住宅団地には多数の戸建住宅が建っているが、周辺に商店等は確認出来ず、どこで購買を行っているのかは不明であった。
 泉[220戸、主な入居市町村:富岡町]は、泉駅に面して位置している。南側は線路に接し、北側は戸建住宅地であり、市街地の中にあるといってよい。駅南側にはスーパー等も揃っており、利便性は比較的高いといえよう。

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(左:南台の仮設団地、右:泉の仮設団地)

 最後に、いわきニュータウン内には多数の仮設住宅がつくられている。URの開発による(と思われる)戸建住宅団地であり、中心には大きな都市公園があり、中央の大通りに面しては規模の大きな商業施設もある。そのニュータウン内の未分譲の住宅・業務等用地、及び公園等の敷地を使って、仮設住宅が建設されているようである。
 高久第3[48戸]と第4[103戸、いずれも主な入居市町村:広野町 ]は高台の業務向け分譲用地に建てられている。高久第6[17戸、主な入居市町村:楢葉町 ]や鹿島[18戸、主な入居市町村:広野町 ]は、住宅地内の公園用地と思われ、戸建住宅に直接面している。高久第8[123戸、主な入居市町村:楢葉町 ]は公園の来場者向け駐車場につくられている。
 最も特徴的で規模も大きな高久第9[202戸]と第10[200戸、いずれも主な入居市町村:楢葉町]は、木造仮設を中心としている(確か筑波大の安藤先生設計のものではなかったか)。分譲中の宅地を囲むようにして両仮設住宅が配置されており、木造の建物が整然と並ぶ様は他の仮設団地とは大きく異なる印象を受ける。

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(左:高久第3と第4の遠景、右:高久第6)
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(左:鹿島、右:高久第8)
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(左:高久第9と第10の遠景、右:高久第10の南側)
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(左:高久第10の木造仮設、右:高久第9の木造仮設)

 このようにみれば、市街地内に立地する仮設団地であれば生活利便性は高いが、郊外部の特に工業団地内となると市街地までの距離も遠く、周辺からも独立しているため、日々の生活を送るには結構大変な印象も受ける。
 原発避難地域の住民が移ってくるとの視点から考えると、数百戸規模がまとまった戸数が一団地で確保されており、従前の地域コミュニティがそのまま移ってこられる面はある。ただし、周辺地域との連続性・一体性があまりないことから、仮設団地内で逆に“閉じて”しまう面もあるのかもしれない。また、団地の規模が大きい分、画一的なつくりのマスハウジングという印象を受ける部分もあり、このような住環境に避難してきた住民が慣れるのが難しい面もあろう。
 市街地及びニュータウン外の仮設はまだ建設中のところも多いことを考えれば、入居が始まるのに合わせて各種の支援を実施する体制も用意して、自家用車での移動が難しい者や住宅内で孤立してしまいがちな者への支援を入居と同時にはじめられるようにすることも必要かもしれない。

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Sep 02, 2011

仮設住宅の建設地から住宅復興を考える(その3)

その2から続く…)

(5)大規模公園内
 主として市街地の郊外にある、運動公園等の公共用地を活用してつくられた仮設である。一定の広さの敷地があるので、仮設住宅団地の規模も数百戸単位と比較的大きい。前述の通り市街地の中心部からは離れているので、買物等の移動には車は必須であり、その意味で生活の利便性は低い面もあるが、規模が大きい分、団地内に仮設の店舗をはじめとする各種の都市機能が設けられる場合もあり、となれば団地内で完結した形で生活が出来るのかもしれない。
 5-1.宮古市田老・グリーンピアみやこは、田老の市街地の北6km程のところにある、総合的な運動公園である。この他に田老近辺に仮設住宅はみられないので、おそらくここに集約されているのであろう。グランドや駐車場に仮設が建てられているほか、体育館も何らかの用途で使われているようであり、また駐車場の一角にはテントを使った仮設の商店街?もみられた。周辺には店舗などはなかったようなので、仮設団地内にこのような昨日が必要なのだろう。
 5-2.釜石市・平田総合公園は、釜石の市街地から4km程南に位置しており、東京大学が提案したコミュニティ型仮設がつくられており、またサポートセンターも設けられている。私が訪れたのはもう夕方から夜になろうという時間だったので、仮設の玄関を向かい合わせ屋根をかけたコミュニティスペースには誰もみかけなかったのだが、昼間や休日などはここで人が交流しているのだろう。近辺には何もなく車で市街地に出るしかない場所だけに、こういうスペースが重要なのかもしれない。
 5-3.気仙沼市・五右衛門ヶ原運動場は、気仙沼の市街地中心部からは5km程西に位置し、国道から上がった高台にある。周辺にはコンビニ等の店舗も(確か)みられず、住宅地内にも店舗等の施設はみられなかったと思うので、生活には自家用車が必要不可欠なのだろう。コミュニティバスのようなものも走っていたように思うが。
 5-4.南三陸町・平成の森は、町の東部の市街地である歌津から一つ丘を登ったあたりにある。国道まで出ればコンビニ等があり、必要最低限の生活必需品は比較的近隣で確保出来ると考えられる。公園のクラブハウス等を活用したボランティアセンター等も設けられており、利便性の低いところである分、様々な支援が行われているものと思われる。
 5-5.女川町・運動公園野球場は、現在コンテナを活用した3階建ての仮設住宅を建設中である(おそらくこれだろう)。この他に、隣接する敷地に154戸のプレハブ仮設が既につくられており、また仮設の役場もこの運動公園内にある。なお、復興住宅もこの公園内の運動場を壊してつくられる計画だとのことであり、なくなった運動場は津波被害を受けた少し低いところに新たに建設される計画があるという。
 5-6.東松島市・矢本運動公園は、東矢本駅の南1km弱の所にあり、町の中心軸であろう国道から一歩入ったところにある。仮設団地内には集会所以外の施設はみられないが、すぐそばの国道まで出れば商店等は多数あり、利便性は比較的高いと思われる。

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(5-1.宮古市田老・グリーンピアみやこ[3カ所計407戸]、5-2.釜石市・平田総合公園[2カ所計282戸])
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(5-3.気仙沼市・五右衛門ヶ原運動場[3カ所計310戸]、5-4.南三陸町・平成の森[246戸])
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(5-5.女川町・運動公園野球場[189戸]、5-6.東松島市・矢本運動公園[371戸])

(6)工業団地内
 (4)計画的開発地とも若干立地が重なるが、工場用地として新たに開発された土地の空き地を活用するものであり、数百戸規模の大きな仮設団地が建てられる場合がみられる。既存の市街地からは結構は慣れた場所にあり、周囲にも商店等は少なく、車での中距離の移動が不可欠と思われるが、(戸数や人口に比べて)道路が細いなどインフラが不十分なところもみられる。
 6-1.石巻市・トゥモロービジネスタウンは、前出の4-4.石巻市・南境地区に隣接した業務機能向けの団地で、(おそらく買い手/借り手がまだいなかった)空き地に多数の仮設がつくられている。
 6-2.石巻市・須江工業団地道路用地は、石巻駅からは北西に6〜7km離れた内陸の高台にあり、開発地の東側は工業団地、西側は住宅団地となっており、その工業団地の一角に建てられている。この工業・住宅団地内には、その他に2カ所計254戸(200戸が工業団地側、54戸が住宅団地側)の仮設が建つとなっている。近隣に商店等はみられないが、住宅団地の住民と同様に車で移動して買物等をするものと考えられる。
 6-3.相馬市・大野台は、相馬駅の北西5kmほどの工業団地内にある。すでに工場が建つエリアもあるが、まだ空き地であった南側のエリアに9カ所計約1000戸の仮設住宅団地が位置している。最寄りのコンビニまでも2kmは距離があり、どうしても車で動かざるをえないと思われるが、工業団地内の道路は整備されているものの、中心市街地と結ぶ道路は古い細いものしかなく、交通の面では不便さもあろう。訪れたのはちょうど夕方だったので、軽自動車がひっきりなしに出入りしており、混雑の発生や事故の危険性なども問題になるのでは、と思われた。
 6-4.相馬市・柚木工業団地は、6-3とは逆に相馬駅の南東側7〜8kmのあたりにある。主要な幹線の国道から1本中に入った道路から、さらに高台へと上がったところに位置しており、交通の便はよいとはいえない部分もある。国道まで出てもコンビニ等の店舗は少なく、生活には車で一定距離を移動する必要があると思われる。

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(6-1.石巻市・トゥモロービジネスタウン[811戸]、6-2.石巻市・須江工業団地道路用地[21戸])
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(6-3.相馬市・大野台[9カ所計1013戸]、6-4.相馬市・柚木工業団地[220戸])

(その4へ続く…)

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Sep 01, 2011

仮設住宅の建設地から住宅復興を考える(その2)

その1から続く…)

(3)学校グランド
 小・中学校や高校のグランド部分に仮設住宅を建てたものである。三陸地方では学校は周辺よりも一段高い土地にある場合が多いようで、結果として高台に仮設がある形となっている。また、学校跡地もいくつかみられており、廃校になった(であろう)敷地が活用されている。学校は市街地から通える距離にあるので、仮設住宅の利便性も比較的高いといえるが、急勾配の坂を上らねばならないようなところもあり、高齢者などには少々厳しい部分もあるかもしれない。
 3-1.大船渡市・立根町宮田は、市街地中心部から2km程北の高台にある中学校のグランドを使っている。手前に見えるテニスコートは残されており、そちらを体育の授業で使うのであろう。国道から1本奥に入ったあたりで、周辺にも住宅が点在しており、交通や買物の便はそう悪くはないと思われる。
 3-2.陸前高田市・高田第一中学は、津波被害を受けた平地のすぐ北の高台のちょうど縁部分に位置する。ここはグランドの大半が仮設に使われている。北側には以前からの集落(と思われる)と新興住宅地(エコタウン鳴石)があり、このあたりには仮設の店舗や病院などもつくられている。
 3-3.気仙沼市・鹿折中は、津波とその後の火災で被害の大きかった、港の北部の鹿折地区の北東の高台にある。市街地からは細い道を登っていく形であり、被災市街地の道路も十分には復旧していないので、交通の便はあまりよくないと言わざるを得ない。ここの場合はグランドは半分程残しているようである。
 3-4.南三陸市・志津川中は、志津川地区を見下ろす奥まった高台に位置する。高台はかなりの高さであり、急勾配の道路(か階段)を登らなければならず、成人男性でも登るのは一苦労という印象を受ける。降りた所には仮設のコンビニが出来ているが、移動は車が中心にならざるを得ないのではないか。ここもグランドの半分を使っており、残りの部分で体育の授業をする様子がみられた。

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(3-1.大船渡市・立根町宮田[120戸]、3-2.陸前高田市・高田第一中学[200戸])
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(3-3.気仙沼市・鹿折中[120戸]、3-4.南三陸町・志津川中[102戸])

(4)計画的開発地
 海沿いの既存市街地から少し離れたあたりの郊外部、新たに開発された(とみられる)ニュータウンや区画整理地内で、公園や未利用地を使う形で仮設住宅が建てられている。このような計画的開発(住宅)地は多くの市町村でみられており、新規宅地を開発していたからこそ活用出来たといえよう。山の中の不便なところもあるが、開発地内やその周辺に商業施設が集まっている場合もあり、後者では生活利便性が高いと思われる。
 4-1.宮古市・西ヶ丘は、海に面した中心市街地から3km程西側の内陸高台につくられたニュータウン(といってよいか)であり、その中の公園や分譲予定地を使う形で、6カ所計120戸の仮設がつくられている。ニュータウン内は学校やスーパーなどもあり、生活環境は十分整っているといえる。
 4-2.南三陸町・沼田は、仮設庁舎やボランティアセンターがあるベイサイドアリーナと同じ高台にある戸建住宅地であり、その北端に面して仮設が建てられている。この高台には震災後に都市機能が集まっており、仮設住宅のすぐ北側には仮設店舗群があり、またさらに北側の商工団地にもいくつかの商業業務施設が並んでいる。
 4-3.石巻市・あけぼの南公園は、石巻駅から北西に3km程、戸建住宅と集合住宅が建ち並ぶ向陽という地区の中にある。仮設が造られた公園の周囲は戸建住宅地で、地区内には商業施設も多く、さらにすぐ近くの国道に出ればイオンをはじめとする沿道型の大型店舗が並ぶ。
 4-4.石巻市・南境地区は、石巻駅の北側2km程、旧北上川を超えたところの総合運動公園に面する地区で、区画整理で開発された(と思われる)戸建住宅地であり、ビルドアップしていない宅地等を使って仮設が建てられている。前出の運動公園や、周辺のトゥモロービジネスタウンという業務地域も含めて、全部で2千戸弱の仮設住宅が集まるエリアでもある。
 4-5.東松島市・グリーンタウン矢本は、市役所から北西へ3km程のところにある新興戸建住宅地+工業団地で、その端部分のまとまった土地に2カ所計520戸の仮設がつくられている(その意味では(6)工業団地内の要素もある)。周辺にはコンビニ以外には商業業務機能はないようだから、中心部まで車で向かうことになるのだろう。
 4-6.七ヶ浜町・湊浜は、おそらくしばらく前に高台につくられた住宅地とみられ、古い戸建住宅もみられるような地域である。写真はその中の公園を使う形でつくられた仮設であり、その他にもう1カ所の仮設がある。なお、七ヶ浜にはより最近に民間が開発して(とみられ)商業施設も集まる住宅地もあるのだが、そちらの中には仮設はつくられてはいない。

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(4-1.宮古市・西ヶ丘[6カ所計120戸]、4-2.南三陸町・沼田[40戸])
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(4-3.石巻市・あけぼの南公園[11戸]、4-4.石巻市・南境地区[5カ所計65戸])
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(4-5.東松島市・グリーンタウン矢本[2カ所計520戸]、4-6.七ヶ浜町・湊浜[17戸])

その3へ続く…)

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Aug 31, 2011

仮設住宅の建設地から住宅復興を考える(その1)

 8月中旬から下旬にかけて2回にわたり東北の被災地を訪問し、津波の被害を受けた市町村(の市街地)を回って来た。今回行ったのは、北は岩手県岩泉町から南は福島県南相馬市までの沿岸地域である。途中十分にはみられなかったところもあるが、おおよそ全域の市町村について、ほぼ一通り完成した仮設住宅を中心に、その周辺の状況も含めて、現地を視察して来た。
 仮設住宅の建設地というのは、行政が(早急に)確保することが可能な土地であるから、この後の復興住宅、特に災害公営住宅を供給しようとした時にも、同様の特徴や立地の土地に建てられる可能性が高いと思われる。また、被災者の立場からすれば、仮設住宅で数年間(今回は2年よりも長くなることが想定される)暮らして、その場所の生活環境に慣れれば、元の居住地に(苦労して)戻ったり他の土地へと移るよりも、仮設住宅の周辺での居住を希望する可能性も考えられる。さらに、仮設住宅が数年に渡って立地し地域の人口分布が変わることにより、業務・商業機能もそれに合わせて立地するなどして、その後の都市の構造も変わってくる可能性も考えられる。
 このように考えれば、仮設住宅の建設地をみることで、その後の被災市町村での住宅復興の姿がみえてくるのではないか、と考えたのである。

 仮設住宅をみるといっても、岩手・宮城・福島3県での総数は882地区・51423戸であり、今回回った沿岸部の市町村で計744地区もあるから、当然ながら全部をみられるわけではない。あくまでも、主なところしか見ていないのであるが、実際に現地を車で走って仮設住宅を回ってみた印象としては、立地する場所のタイプとしては、「(1)既成市街地内/(2)市街地周辺部/(3)学校グランド/(4)計画的開発地/(5)大規模公園内/(6)工業団地内」の大きく6種類があったように思う。
 以下、いくつかの仮設住宅地を例として示しながら、それぞれの特徴・印象をまとめてみる。

(1)既成市街地内
 既存の市街地内の公共用地(公園など)を活用して建てられたものである。規模としては20〜30戸程度の比較的小さいものが多いように思われるが、まとまった土地がある場合には大きな団地がつくられる。周りには普通の住宅や商店などがあるので、生活する上での環境や利便性は比較的良く、立地の面だけみれば仮設住宅であるがゆえの問題というものは少ないといえる。ただし、周囲が市街化していても工業系用途などの場合には、周辺の環境は悪く利便性も低い。
 1-1.宮古市・西町第2は、宮古駅から北に500m行ったあたりの公園につくられていて、周りは普通の住宅地、道を一本出れば県道沿いの商店街があるような地域である。元の公園にあった木々を活かした配置で、建物も北欧風?の木造なので、環境としてはなかなか良い印象である。
 1-2.釜石市・野田中央公園は、海側の中心市街地から西へと延びる細長い市街地にある。すぐそばの国道沿いには多くの商業施設が並び、利便性は高い。
 1-3.石巻市・大橋は、石巻駅の北東1km弱のところで、公共施設の建設予定地を活用している。周辺は戸建ての住宅地、近隣には大型のスーパーなどもある。この仮設団地の他に、隣接してさらに224戸が建設される予定という。
 1-4.仙台市・荒井第2公園は、仙台駅から東へ約4km程、仙台東部道路の少し西側、区画整理で開発された(と思われる)新しい市街地の中にある。インフラは整っており、商店等も多い。地元の知人によれば、利便性が高く、また海沿いの元の居住地にも近いので、こういう場所の人気は高いとのことである。
 1-5.仙台市・扇町1丁目公園も、仙台駅前からの距離は1-4と同程度だが、周辺が工業用途のため人気が低く、空き室も多いという報道がされていた。近くに住宅もないわけではないのだが、環境や利便性が相対的に悪い所は敬遠されるのであろうか。
 1-6.亘理町・中央公民館南広場は、役場や警察署が集まる町の中心的な交差点のすぐそばにある。交通量の多い県道に面するので生活環境的には問題もあろうが、商業施設なども周辺には多く利便性は高いといえる。

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(1-1.宮古市・西町第2[20戸]、1-2.釜石市・野田中央公園[36戸])
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(1-3.石巻市・大橋[316戸]、1-4.仙台市・荒井第2公園[24戸])
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(1-5.仙台市・扇町1丁目公園[131戸]、1-6.亘理町・中央公民館南広場[95戸])

(2)市街地周辺部
 既存の市街地や集落に隣接・連担する地域、いうなれば市街地の“縁”に建てられており、公共用地や空き地、遊休農地などを活用しているとみられる。規模としては(1)既成市街地内よりも大きく、数十戸単位という印象である。市街地とは一応連担しているので、商店などは市街地内のものを利用出来るわけであるが、距離がある分不便な面もあると思われる。
 2-1.岩泉町・小本は、西からの国道が市街地に入る入口のあたりに立地している。市街地の中心部までは1km程度という感じである。
 2-2.山田町・山田は、谷沿いに内陸へと広がる既存集落の間に点在しており、公的施設の敷地の一部や民有地を使って建てられている。被害を受けた市街地から最も奥の仮設までの距離は3km程であろうか。細い1本道を内陸へと進んでいくと、道の両側に仮設が並んでいる感じである。
 2-3.大槌町・大槌も、2-2と似たような形で、谷に沿って内陸へ向かう県道沿いに仮設住宅が並ぶが、被災した中心市街地からの距離は6〜7kmにも及んでおり、より奥まで続いている。既存の住宅も少なく、写真にあるように田んぼの中に建っている仮設が目立つ。戸数も多いので、市街地に向かう車で朝夕は道路が混雑するのではないか…とも思える。
 2-4.南三陸町・入谷中の町は、志津川の市街地から北西に3km程行った入谷という地域にある。緑の多い農村という感じのところであり、この他にもいくつかの仮設が立地している。ここに住むのは入谷地域の人かそれとも志津川等の人か分からないが、後者であれば海沿いの志津川とは全く異なる環境で暮らすことになるのだろう。
 2-5.女川市・石巻バイパス用地は、女川市の仮設住宅を石巻市内に建設したもので、写真では分かりにくいが、道路沿いの細長い敷地に仮設住宅の建物が一列になって数百m並んでおり、ある意味壮観な風景である。周囲は水田なので、必ずしも「市街地周辺部」とはいえない面もあるが、道路に沿っていくつかの集落はあるので、一応連担しているといえるだろうか。
 2-6.南相馬市・前田団地は、鹿島という駅から1km程のところにあり、市営住宅に隣接して建てられている。駅から広がる住商混在の地域の端にあるが、道路を挟んだ反対側には既存の集落が続くので、市街地内と言えなくもない。

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(2-1.岩泉町・小本[84戸]、2-2.山田町・山田[7カ所計218戸])
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(2-3.大槌町・大槌[10数カ所計756戸]、2-4.南三陸町・入谷中の町[12戸])
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(2-5.女川市・石巻バイパス用地[236戸]、2-6.南相馬市・前田団地[81戸])

その2へ続く…)

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Aug 11, 2011

住宅の復興はどのような形で行われるだろうか

 先に「応急的住まいの現状はどうなっているか」というのをまとめてみたが、この次に来る「住宅の復興(再建)」がどのような形で行われるのかについて考えてみたい。これを考えるには、住宅の供給側の選択肢(集団移転や災害公営住宅など)と、需要側=被災者の住宅に対する希望の、両方の情報が必要なわけだが、供給側を規定する各自治体の復興計画や国の支援策・事業制度は出そろっていないし、被災者側の住宅へのニーズもまだ十分に分かってはいない(いくつか意識調査は行われているようなので、いずれ整理をしてみるつもりだが)。
 そのような状況で住宅復興のあり方を考えようとしても、過程に過程を重ねるしかなく、中途半端であまり意味のないものにしかなりそうにないが、とりあえず推論的にでも考えられることをまとめておこうと思う。

 応急的住まいの後の「復興住宅」として、どのような再建のパターンが考えられるのかを整理してみたのが、以下の図である。図の左側には「応急的住まい」の種類を、右側には「復興住宅」として想定される形を並べている。図の上部は「従前地域内」、つまり元々住んでいた地域(市町村あるいは合併前の旧町村など)の中で住むことを、下部は「従前地域外」で、元々住んでいた地域の外(県外も含む)で住むことを表している。このように捉えた時に、左=応急から右=復興に進む過程でどのような住宅選択行動(住宅の移動)が行われるのかについて、考えられる状況を推測として示している(なお矢印の太さは世帯数のイメージを示す)。

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 推測をする際には、前提として以下のような傾向があるのではないかとの仮説に基づいて考えている。もちろんそうはならない場合や地域も多いと思うが、問題の単純化のためにとりあえずこのように考えてみている、ということである。

  • 応急的住まいとしての公営住宅等は、被災地域内にはそれほど多くあるわけではないのではないか。また、民間賃貸借上仮設も被災地域外が中心になるのではないか。
    ・都市部であれば公営住宅も民間賃貸もあるだろうが、そのような状況ではない被災地の方が全体としては多いのではないか。
    ・津波被害の著しい地域では、公営住宅や民間住宅も被害を受けており、使えないものが多いのではないか。その結果、地域内においては、建設型の仮設住宅が中心になるのではないか。
  • 世帯の特性によって住宅選択のパターンは異なるのではないか。
    ・世帯の類型を、高齢世帯/農林水産業世帯/一般世帯に区分して捉える。
    ・高齢世帯は住み慣れた環境を離れたくないので、応急でも復興でも出来るだけ被災地域内に残る/戻る傾向があるのではないか。被災地域外に移る際には、子供の呼び寄せなど、親族がいる場合になるのではないか。
    ・自然・土地との関係が深い農林水産業世帯は、応急段階で被災地域内に残る傾向が強く、また復興でも基本的には被災地域内に戻ろうとするのではないか。
  • 応急的住まいが、被災地域内にあるか被災地域外にあるかで、復興住宅の選択が変わるのではないか。
    ・応急的住まいで被災地域内に残った人は、復興住宅についても基本的には被災地域内を離れないのではないか。
    ・被災地域外に移った一般世帯は、被災地域内に戻るかそのまま地域外に残るかを判断することになるのではないか。判断する際の要素としては、勤務先や収入の事情、被災地域の復興状況、地元への愛着などが考えられるか。
    ・被災地域外に移った高齢世帯は、親族による呼び寄せの場合が多いだろうから、そのまま被災地域外に残る方が多いのではないか。
  • 被災地域は従前は総じて持家率が高かったので、基本的には持家に住もうとする志向が強いのではないか。
    ・農林水産業世帯及び一般世帯は、資金が確保出来るのであれば、または仕事での収入が回復する見込みがあるのであれば、自宅を所有しようとするのではないか。
    ・高齢世帯の場合は、所得・貯蓄が少なく借入も難しいため、持家をもつのは難しいのではないか。

 仮に上記のように考えてみた場合には、世帯類型ごとに次のような住宅復興のシナリオ(のようなもの)が考えられるのではないだろうか。

  • 高齢世帯の多くは、被災地域内の公的賃貸住宅(災害公営住宅等)に移る。一部は、子供に呼び寄せられて、都市部の民間賃貸住宅へと移る。
  • 農林水産業世帯は、基本的には被災地域内へと戻る。一定の資産を持つ人や生業の再生が期待できる人は自宅を再建し(従前地か移転先かいずれか)、それがない人は公的賃貸住宅へと入居する。
  • 被災地域内に残った一般世帯は、農林水産業世帯と同様、所得等の状況で自宅再建か公的賃貸住宅かに分かれる。被災地域外に移った一般世帯は、仕事との関係などを踏まえた上で、状況によっては外にとどまり、民間分譲住宅の購入や、民間賃貸住宅への入居を行う。

 なお、被災地域内の公的賃貸住宅へと入居した農林水産業世帯・一般世帯については、入居後しばらく(数年から10年程度?)して、生活が安定し仕事や収入も回復したのであれば、自宅の再建(あるいは持家の取得)をしようとするのではないか。
 実際、雲仙普賢岳の災害からの住宅再建を調べた研究(木本勢也・横山健志・北後明彦・室崎益輝「雲仙普賢岳噴火災害から13年を経た住宅再建・復興の実態」地域安全学会梗概集 15, pp.139-142, 2004年)によれば、10数年後の災害公営住宅では、既に他の区へ転居していた人が多いため回収率が低い状況がみられたとしており、残っている被災者も今後移転する予定/移転せざるを得ないと回答した人が4割前後いて、移転先は持家を希望していたという。

 このようになると考えた場合には、「公的賃貸住宅」に関しては、次のような状況や問題が生じるのではないか、と考えられる。

  • 供給当初は様々な形の世帯が住んでいるが、農林水産業世帯や一般世帯は徐々に自宅再建をして転居していくのではないか。
  • そのため増えていく空き家には、新たに入ってくる層(公営住宅の場合は低所得者層に限られる)がおらず、ストックが放置されることになってしまうのではないか。
  • 残った高齢世帯では加齢が進んで、身体の能力が低下していくので、生活支援や介護などのサービスが必要不可欠になるのではないか。
  • 住宅の管理に関して、動くことの出来る世代の農林水産業世帯・一般世帯が減少していき、高齢者の身体能力が低下していくから、住民による自主的管理は難しくなり、公的機関による管理コストが上昇してしまうのではないか。

 これらはあくまで仮説に仮説を重ねた推論に過ぎないわけだが、仮にこのような事態が生じるとするならば、それを想定した上でどのような形で公的賃貸住宅の供給・管理を行えばよいか、をしっかりと考える必要があると思われる。とにかく早期に被災者に提供しようと、一般的な形態のものをつくってしまえば、後で大きな“負の遺産”にもなりかねないからである。
 そのように考える際に、先に「公的賃貸住宅の制度にはどんなものがあるか」でまとめたような様々なタイプをうまく使いわけたり、今回の状況に応じて仕組みを変えるなどの対応が必要なのではないか、と思う。

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Jul 26, 2011

応急的住まいの現状はどうなっているか

 先に書いた「公的賃貸住宅の制度にはどんなものがあるか」では、住宅の復興・再建における活用を念頭に置いて、既存の公的賃貸住宅の仕組みについて整理したわけであるが、住宅の再建を考えるにあたっては、公的賃貸住宅などの住宅の供給側の話だけではなく、そこに住む居住者=被災者という需要側のことも考えなければならない。
 被災者がどのような住宅再建を行うかについては、住宅を再建する前に住んでいる、応急段階における仮の住まい(以降、応急的住まいとする)の状況が大きく影響してくると思われる。そこで、応急的住まいは現状でどのようになっているのかをまとめておきたい。

 国等が公開している資料や新聞記事などを元にして、応急的住まいの種類や数についてまとめてみたのが、以下の図(PDFはこちら)である。ここでは、「被災」の戸数を示した上で、「避難」している人数と「応急的住まい」の戸数・人数について、被災3県内と被災地外(県外)に分けて整理している。

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 内閣府・被災者生活支援チームの「全国の避難者等の数」(7/14)によれば、被災3県内での、避難所や旅館、自宅避難(自宅にいて避難所に通っている人:岩手県分のみ)している「避難者」の合計は約3万6千人おり、被災県外にも避難所・旅館や親戚・知人宅などに約2万3千人がいるという。これらの人々もいずれ応急的住まいに移っていくのであろうが(親戚・知人宅についてはそのまま長期間暮らす可能性はある)、7月中旬時点での応急的住まいの状況としては、被災3県で約6万8千戸の住宅等で被災者が暮らしており、被災県外では住宅等に約3万2千人がいるという。
 その内訳であるが、データの出所が違うためきちんと整合はしていないのだが、被災3県については、建設型仮設住宅(プレハブ仮設)が約4万戸、公営住宅等が約3千戸、民間賃貸借上仮設(いわゆるみなし仮設)が約4万4千戸で、計約8万7千戸となっている。これにこれから完成する予定の建設型仮設住宅の(必要)戸数約1万戸を足せば、合計約9万7千戸の応急的住まいが供給されることになる。
 一方、被災県外のものについては、民間賃貸借上仮設が約3千戸、公営住宅等(期限が半年程度のものもあり、2年近く住める応急的住まいとは限らないが)が約1万7千戸で、計約2万戸の応急的住まいが提供されている。

 ここで注目すべきは、被災県外に約2万戸=被災3県の予定戸数の約2割の応急的住まいが供給されていることと、被災3県内において民間賃貸借上仮設(みなし仮設)が4万戸を超え、現時点で建設型仮設住宅の完成戸数を上回っており、最終的な必要戸数にも迫ろうとする数になっていることだろう。この点が、建設型仮設住宅が応急的住まいの大半を占めていた、過去の災害とは大きく異なる点である。
 なお、河北新報の記事では、宮城県の7/14時点の民間賃貸借上仮設の入居決定戸数は20257件で、うち仙台市7886件・石巻市4600件・気仙沼市1223件・多賀城市1087件・東松島市974件で、残りが4487件となっており、規模の大きな都市が中心であるのが分かる。さらにH20住宅・土地統計調査の空き家の賃貸用住宅の総数と比べてみると、仙台7886/59840、石巻4600/4730、気仙沼1223/1820、多賀城1087/2700、東松島974/770となる(前者が借上仮設/後者が空き家賃貸用住宅戸数)。ちなみに同調査の空き家の賃貸用住宅(腐朽・破損なし)数は、仙台46490・石巻3460・気仙沼1280・多賀城2010・東松島750戸である。入居決定戸数が被災者の従前居住地毎の集計か入居する住宅がある地域毎の集計かは分からないが、仮に後者だとすれば、気仙沼は腐朽等がなくてすぐに使える空家の数とほぼ同数、東松島は空家以上の申請であり、石巻などの数字をみても「腐朽・破損あり」も含めて賃貸空き家をフル活用という感じにみえる。

 ここでは個々の市町ごとの数は分からないが、以前にまとめた「沿岸部市町村の住居の状態」で津波被災市町の公的借家や民営借家が少なかったことを踏まえれば、応急的住まいの「公営住宅等」や「民間賃貸借上仮設」に関しては、(宮城県で言えば)仙台や石巻・気仙沼などの一定規模のある都市部か、内陸部の相対的に被害が少ない地域に多くあるものと想定され、これらに入居している人々はもともと居住していた市町を離れていることが想定されるだろう。そして、この部分(特に民間賃貸借上仮設)の戸数が多いということは、応急的住まいの後の復興住宅の選択においても、大きな影響が及ぼされるものと思われる。

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Jul 16, 2011

公的賃貸住宅の制度にはどんなものがあるか

 東日本大震災による建物被害は、特に甚大な被害を受けた岩手・宮城・福島の3県の合計で、全壊104879戸、半壊95546戸(警察庁:平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の被害状況と警察措置、平成23年7月15日付)とされており、その多くが住宅と考えられることから、住宅の復興が非常に重要な課題となる。震災後の住宅復興の支援策としては、個人の住宅再建に対する経済的支援(融資・補助等)のほか、公的賃貸住宅の直接供給も行われ、被害が甚大な災害の場合には公的な直接供給の持つ役割は大きい。そこで、東日本大震災の復興における活用を想定した上で、公的賃貸住宅の仕組みについて整理をしてみたい。

 現行の制度で位置づけられている主要な公的賃貸住宅の種類について整理してみたのが、以下の表である(PDFはこちら)。公的賃貸住宅に関する制度は近年様々な形で変わっているため、整理に際して、規定が細かく表記できていない部分や正確に記載できていない部分、確認がとれていない部分や理解不足の部分も多い。そのため、本表はあくまでも概要をつかむための参考資料であり、詳細は個別の法律・要綱等を確認いただきたい。

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(1)公営住宅
 公的賃貸住宅として最も主要といえるのが、住宅に困窮する低額所得者に対して地方公共団体が低廉な家賃の賃貸住宅を供給する「公営住宅」である。供給形態としては、地方公共団体による直接建設、民間等が建設した住宅を地方公共団体が購入する「買取方式」、民間等が建設した住宅を棟単位あるいは住戸単位で借り上げる「借上方式」がある。それぞれの方式で、所有関係や建設費等への国の財政支援などは若干異なるが、整備基準や入居者資格に関しては基本的に共通する。
 また、高齢化への対応のため、LSA(生活援助員)による生活支援サービスを公営住宅に付加するものを「シルバーハウジング・プロジェクト」という。この場合は、入居者は高齢者の単身または夫婦世帯等となり、生活支援を行うための高齢者生活相談所やLSAが住宅内に居住する場合の住戸の設置費用が助成される。また、LSAの雇用等にかかる費用は、厚生労働省の地域支援事業の中から助成がなされる。
 震災復興の場合には、「災害公営住宅」として、入居者資格の要件が免除または緩和され、同居親族要件不要=単身でも入居可や、収入要件の緩和または要件不要といった措置がなされる。建設費や家賃への補助についても、通常よりも国の負担割合が増額される(なお、東日本大震災は「激甚災害」に指定されているので、補助率等は高い値が適用される)。
 過去の災害でも多くの災害公営住宅が供給されている。阪神大震災では約4万戸が供給されており、これは「ひょうご住宅復興3カ年計画」での新規建設11万戸の36%を占める。この中には都市基盤整備公団(現都市機構(UR))※の住宅の借り上げのほか、シルバーハウジング・プロジェクトの約4000戸、またシルバーハウジングを活用する形で供給された高齢者向けコレクティブハウジング約260戸も含まれる。なお、新潟県中越地震では、(おそらく)直接建設方式によって計336戸が供給されている。
※なお、都市基盤整備公団や兵庫県住宅供給公社でも、賃貸住宅計約1万戸を供給している。

(2)地域優良賃貸住宅
 従来の特定優良賃貸住宅(特優賃)と高齢者向け優良賃貸住宅(高優賃)とを再編して平成19年に創設された制度である。旧特優賃は「地域優良賃貸住宅(一般型)」、旧高優賃は「地域優良賃貸住宅(高齢者型)」とされる。一般型(旧特優賃)は公営住宅の入居者よりも所得の高い中堅所得者層が対象とされ、高齢者型(旧高優賃)は高齢者のみが対象と位置づけられる。
主として民間によって建設され賃貸される集合住宅を指すが、地方公共団体が自ら建設する場合や、民間や住宅供給公社・都市機構が建設した物件を買い取りまたは借り上げて供給する場合も位置づけられている。また、新築された物件だけでなく、既存の物件を整備基準に合わせて改良したものも制度の対象となる。
 震災復興においては、東日本大震災の後に「災害復興型」が追加されている。阪神大震災の際には「災害復興特定優良賃貸住宅」という形で運用されていたので、おそらく「一般型」をベースにして入居者資格が緩和され、国からの建設費等への補助が拡大されるものと思われる(このあたり詳細は確認出来ていない)。
 阪神大震災では、前記の「災害復興特定優良賃貸住宅」の形で、民間が建設する賃貸住宅を借り上げる等して、約12000戸が供給されている。高齢者向け優良賃貸住宅については、震災の時点ではまだ創設されていなかったため、用いられていないと思われる。なお、新潟県中越地震において特優賃・高優賃が供給された例も確認されていない。

(3)改良住宅
 住宅地区改良事業において、従前居住者に向けて供給される住宅である。事業は不良住宅が何戸以上(通常の住宅地区改良事業は50戸、小規模住宅地区改良事業は15戸以上(過疎地域の場合は5戸以上)とされており、その中で必要となる賃貸住宅が改良住宅として建設・供給される。整備基準や家賃設定に関しては基本的には公営住宅に準ずるものとなっている。
 阪神大震災でも活用されたが、適用地域数及び改良住宅の供給戸数は把握できていない。新潟県中越地震では、小規模住宅地区改良事業の中で改良住宅20戸が建設されているようである。

(4)サービス付高齢者住宅
 公的賃貸住宅とは少々異なるが、高齢者が対象であり、一定の公的補助が入ることからは、公的性格を持つと言ってもよいだろう。従来の高齢者専用賃貸住宅などを再編して今年度から創設されたものである。
 主として民間が建設し運営する高齢者向けの住宅に対して、一定の整備基準等を満たす場合に、建築や改修の費用に対して補助が行われる。

 さて、このような制度を踏まえて、住宅の復興においてどのような活用が考えられるだろうか。それについてはまた後日まとめるとして、おそらく「制度ありき」で考えるべきではないのだと思う。先にまとめたように、制度は正直いってかなり複雑である。これを理解した上で、では何をやろうか?と考えるのは、結構大変なのではないか。むしろ、各地域の状況や被災者のニーズを踏まえた上で、「こういう住宅が必要だ」「こんな住宅がほしい」というイメージを考えた上で、それを実現するにはどの制度が使えるか?制度のどこを改善すれば実現できるか?を考えた方がよいのではないか、とも思う。

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Apr 14, 2011

空き家賃貸住宅の被災者仮住まいへの活用を考える(2)

(1)より続く

 続いて、仮住まいに移るにあたって最も重要と思われる、「1.住宅の立地」に関して考える。ここでは、被災地(県)からの距離を考えて、仮に次の5つのエリアに分けて捉えてみることにする。
(A)被災県:岩手・宮城・福島
 …茨城・千葉も被災地だが被害程度を考えて仮に外す
(B)被災地隣接県:青森・秋田・山形・新潟・群馬・栃木・茨城
 …被災県に接する県
(C)被災地近隣県:北海道、富山・長野・埼玉・東京・千葉・神奈川・山梨・静岡
  …隣接県に接する県、及びそれらと被災県から同程度の距離の県
(D)その他東日本:石川、福井、岐阜、愛知
 …関西よりも東を仮に位置づける
(E)その他全国:上記以外の県
 これらの5エリアの都道府県について、空き家・賃貸用の住宅の状況を集計したのが[表3]である。先に全国について述べた通り「腐朽・破損あり」は不適切と考え、また(A)被災県については地震による建物被害や地域の被害も想定されるため半数程度しか使えないと仮定すれば、それぞれのエリアで仮住まいとして活用可能と考えられる空き家賃貸住宅の戸数は、以下のようになろう。
  (A)被災県:7.3万戸
  (B)隣接県:31.0万戸
  (C)近接県:131.8万戸
  (D)東日本:25.5万戸
  (E)その他全国:123.9万戸

表3 「空き家」の「賃貸用の住宅」の県別・エリア別の状況

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 このような仮住まいの住宅供給に対して、需要側はどのような状況だろうか。そして需要に対して供給はどの程度満たされるのだろうか。住宅の被害戸数の全体像はまだ明確にはなっていないが、「建築物被害状況」や「避難者数」をベースに考えれば、[表4]のような形となろう。
 警察庁の4/13時点の情報によれば、建築物被害は全域で全壊59972戸、半壊13149戸となっている(発表された合計値と若干異なるのだが)。原発問題のある福島県では確認が進んでいないようだが、とりあえずこの値を用いて「全壊戸数と半壊戸数の半分」が仮住まいを必要とすると仮定すれば、必要戸数は「66547戸」となる。
 一方、警察庁の同じ情報によれば、避難者の人数は全域で138286人となっている。この数は他県からの避難も含むため、仮住まいの段階でも当該県にいるとは限らないが、とりあえず避難先の県内で仮住まいも探すと仮定して、国勢調査に基づく全国の平均世帯人数2.55人を用いれば、必要世帯数は「54518世帯」となる。
 住宅の戸数と世帯数は必ずしも対応しているわけではないのだが、ここはおおよそ同じと扱うとして、前記の必要戸数と必要世帯数のより大きな方が、必要となる仮住まいの数だと想定すると(つまり多めにとるということ)、想定必要戸数は「80378戸」となる。この場合に、「避難者人数」の必要世帯数の方が「建築物被害」の必要戸数より大きい場合(表中の黄色の県)には、建物被害は相対的に少ないのに避難者が多いわけだから、(A)被災県からの広域避難者が中心とみてよいだろう。

表4 仮住まいが必要と想定される戸数の推定

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 この需要に対して、空き家賃貸住宅が足りているのかどうかを考えてみる。充足状況について推定してみたのが[表5]である。
前出の「活用可能想定戸数」の全てが被災者の受け入れに使われる、つまり大家が被災者への貸し出し(あるいは行政による仮設住宅としての借り上げ)に応じるとは考えられないから、一定割合の物件のみが受け入れに使われると想定するのが妥当であろう。
 国交省・住宅局の対応状況の資料によれば、福島県について「応急仮設住宅として借り上げる際の条件を提示して確保した5千戸の借上対象」とあるので、福島県の活用可能想定戸数22900戸の「20%」程度で受け入れが出来る(借り上げが出来る)と考えることができよう。この割合は他の(A)被災県でも同様と考えてもよさそうだが、必ずしも被災地ではない(B)隣接県では事情は異なり、これだけの割合で受け入れられるとは考えられないので、仮にその半分の「10%」が受け入れに応じると想定する。(C)近隣県以遠では、さらに受け入れ割合は下がると思われるから、「5%」の受け入れと仮に考えてみる。
 このように仮説的に考えてみると、空き家民間住宅で想定される受入戸数は、次のように推定することができるだろう。
  (A)被災県:1.4万戸
  (B)隣接県:3.1万戸
  (C)近接県:6.5万戸
  (D)東日本:1.2万戸
  (E)その他全国:6.2万戸

 先に出した需要側の「想定必要戸数」と、この供給側の「受入想定戸数」とを比較するわけだが、まずは「全て空き家賃貸住宅で受け入れる」場合を考えてみる。その際の受け入れに関しては、まずは当該都道府県内の被災者を第一に受け入れる、と考えるのが妥当だろう。こう考えた場合の各都道府県での充足状況は「当該県内受入」の項の通りであり、(A)被災県では5.3万戸が足りない計算となる。この不足分について、被災県からの距離が近く2.3万戸の余裕がある(B)隣接県で受け入れるとすれば、それでも足りない分は2.9万戸となる。この分に関しては、(C)近接県のうち被災県からの交通の便が比較的よいと考えられる関東の4県で十分受け入れが可能であり、それでも1.3万戸の余裕がある計算になる。
 つまり、全ての被災者を空き家賃貸住宅で受け入れるとした場合でも、(A)被災県、(B)隣接県、及び(C)近隣県のうち関東だけで十分まかなえるのであり、それ以遠の県の空き家を使う必要はないと考えられるのである。

 続いて、建設される仮設住宅で優先して被災者の受け入れを行った上で、足りない分を空き家賃貸住宅で受け入れる場合を考えてみる。前述の国交省の資料によれば、(A)被災県で計62000戸、その他もあわせて全域で62290戸が、仮設住宅の建設が必要な戸数として示されている。
 これらの建設予定の仮設住宅で、想定必要戸数を受け入れるわけだが、広域避難した被災者も元の県の仮設住宅に戻ってくるのを第一に希望していると考えれば、前述のように広域避難被災者が多いとみられる県(表中の黄色の部分)については、ここの想定必要戸数は(A)被災県で受け入れることを考えなければならない。そこで広域避難被災者の需要戸数(表中の黄色)を、被災3県に等分に割り振るとして、充足状況を計算したのが表の「仮設住宅受入」の数値である。
これより、(A)被災県の岩手で3.6千戸、宮城で10.9千戸が足りない計算となる。福島の場合は1.9千戸余る計算となるが、これは被害状況が確認されていない原発周辺地域も含めて仮設住宅の必要戸数を考えているためであろう。全域でみれば、仮設住宅で足りないとみられる戸数は1.8万戸と想定される。
 この分を各県内の空き家賃貸住宅で受け入れるとすれば、(A)被災県の岩手で0.6千戸、宮城で3.9千戸が足りないことになるが、この程度の住戸数であれば(B)隣接県において十分受け入れられる数である。実際には、建設仮設住宅・空き家賃貸住宅の他に、公営住宅等も活用されるのであるから、(A)被災県内でほぼ対応しうるとも考えられるだろう。
 よって、仮設住宅への入居を第一に考え、足りない分を空き家賃貸住宅で受け入れる場合には、(A)被災県でほぼまかなうことができ、不足分も一部の(B)隣接県で対応できると考えられる。

表5 仮住まいとして活用する空き家民間住宅の充足状況の推定

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 あくまでも現状で手に入るデータを元にした非常に粗い推計ではあるが、空き家賃貸住宅の仮住まいとしての活用は、(A)被災県と(B)隣接県を中心に実施すればよく、それでも不足する事態が生じても(C)近隣県の関東地方だけでまかなえるものと推測される。
 よって、全国を対象として広く空き家賃貸住宅の活用を促す必要はそれほどないのであり、被災者が元々住んでいた地域での生活・住宅再建を望むのであれば、(A)被災県及び(B)隣接県において空き家賃貸住宅の掘り起こしを行えば、十分に対応しうるものと考えられる。

 なお、遠隔地の空き家賃貸住宅については、一定地域にまとまった戸数が確保出来て従前のコミュニティ単位で移住出来るところがある、従前と同様の仕事が実施出来る環境がある、あるいは社会的弱者が必要とする適切なケアが受けられるような場合で、被災県・隣接県及び近隣県でそのような環境が得られないのであれば、活用する意義はあるものと思われる。

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空き家賃貸住宅の被災者仮住まいへの活用を考える(1)

 被災者への仮住まいの提供を推進する人々は、「全国には750万戸の空き家があり、そのうち400万戸は賃貸住宅であるから、仮設住宅を建設するよりもこれらの空き家ストックを活用すべき」という主張をすることが多い。確かにこれだけの空き家があるのだから、これらを被災者の仮住まいに活用することは必要だろう。
 しかし、「全国400万戸の賃貸住宅を活用」と言ってしまうのは、あまりに雑駁すぎるようにも思える。東北地方(及び茨城・千葉など)の被災者を受け入れるために、いきなり全国津々浦々の空き家を活用することを考えるのは、被災者の生活再建のことを考えればあまり現実的ではないし、また一口に「空き家の賃貸住宅」といってもその状況は様々であるから、そのあたりも考慮した上で、「どこの/どういう賃貸住宅の空き家を/どのように活用するか」を考える必要があろう。
 ということで、全国400万戸の民間賃貸住宅の空き家がどのような状況であるのかを改めて捉え直した上で、それらを被災者の仮住まい−一時避難の受け入れというよりは、2年程度の中長期に渡って移住する住まい−としてどのように活用できるのかを考えてみたい。

 「全国400万戸の賃貸住宅」というデータの出所は、平成20年住宅・土地統計調査とみられる。この調査の「結果の概要」の「第1章 住宅・世帯の概況(PDF)」では、平成20年(2008年)の空き家は「757万戸」で、総住宅数5759万戸に対する割合=空き家率は「13.1%」とされている。この空き家のうち、「賃貸用の住宅」が「413万戸」となっており、この数字が「全国400万戸の賃貸住宅」の根拠と思われる。

 これらの空き家賃貸住宅を被災者向けの仮住まいとして活用する際に考慮しなければならない事項としては、次のようなことが挙げられるだろう。これらを踏まえた上で、被災者の仮住まいとして活用することが出来る/望ましい賃貸住宅はどの程度あるのかを考えてみる。

1.住宅の立地: 生活・住宅再建を考えれば、出来るだけ被災地に近いところが望ましい。
2.住宅の質 : 仮設住宅相当で2年かそれ以上住むとすれば、一定の住宅の質が必要。
3.周辺の環境: 慣れない土地で暮らすため、周辺の生活環境が整っている方が望ましい。

 なお、本来は市町村単位で詳細に検討することが望ましいのだが(特に被災地に関しては)、作業時間の関係とデータの制約を考えて、以降の作業ではとりあえず都道府県単位で考える。

 まずは全国の状況についてみてみる。「2.住宅の質」に関して重要なのは、建築時期・床面積・設備などの住宅内部の性能・環境なのだが、空き家については住んでいる世帯がいないので内部の調査は出来ないため、外観調査に基づくデータしか示されてない。これらのデータに関する空き家の賃貸用の住宅の状況は[表1]のようになっている。
 空き家賃貸住宅の総数は413万戸だが、そのうち被災地での従前の住まいの一般的な建て方とみられる「一戸建」は26万戸に過ぎず、大半の359万戸は共同住宅で、そのうち非木造が271万戸となっている。つまり、空き家賃貸住宅に移るということは、従前の木造一戸建とは全く違う形態の非木造共同住宅へと移ることを意味しており、住まいの環境の変化は大きい。
また、総数のうち87万戸は「腐朽・破損あり」=建物の主要部分やその他に不具合がある、となっている。これらの物件も当然手を加えれば住めると思われるが、被災者に対して早急に提供する意味では相対的には適切ではない。よって、全国の空き家賃貸住宅で仮住まいとしてすぐに提供できるのは「326万戸」と考えられる。

表1 「空き家」の「賃貸用の住宅」の建て方と腐朽・破損の状況(全国)

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 「3.周辺の環境」に関しては、住宅から最寄りの各種施設等までの距離が示されており、それらをまとめたのが[表2]である。被災者が被災地外の仮住まいに移るにあたっては、自動車を確保することは難しい面もあると思われるから、歩いて生活できる場所に住むのが出来れば望ましいと考え、1km(12~13分程)を徒歩圏内と仮定するならば、医療機関・公民館等・郵便局等まで(日常的な買い物もこのエリアと思われる)が徒歩圏内は9割程度だが、老人デイサービスセンターが徒歩圏内は約7割で、駅から徒歩圏内は全体の約半数となっている。
 駅から遠い物件ではバス等を使えばよいとしても、医療機関・公民館等・郵便局等が徒歩圏内ではない物件(30~50万戸)は若干問題があると考えれば、空き家賃貸住宅ストックの「1割」程度は仮住まいとして適当ではないようにも思える。

表2 「空き家」の「賃貸用の住宅」の各種施設等までの距離(全国)

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 このように考えれば、全国の空き家賃貸住宅の総数が400万戸だとしても、住宅の質に関する腐朽・破損の状況や、周辺環境を表す生活施設までのアクセスを考慮すれば、仮住まいとして活用可能なのは最大でもおおよそ「300万戸」程度なのではないか、と考えることが出来よう。

(2)へ続く…

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«被災地外への仮住まいによる住宅再建への影響の考察