まちづくりで出来ること/出来ないこと
学会委員会の定例会で、とある住宅地での住環境保全の取り組みについて話を聞く。数十年前に開発された古い住宅地で、居住開始直後に住民発意で建築協定を締結し、住環境の保全を行って来たのだが、近年地区計画に移行させたという話。しかし、地区計画にしたことで、建築協定の時には出来ていた地域住民の委員会による狭義調整が難しくなり、新たに条例に基づいた地区まちづくり計画の適用を考えているとのこと。建築協定が地区計画に移行するのが一つの「発展」とも思われているが、必ずしもそうではないようで、仕組みの使い分け・組み合わせが求められるようである。今後は景観法に基づく仕組みも含めて、その辺を考えていくことが求められるのだろう。
その会には都市計画研究の大御所の先生もいらっしゃっていて、昔から当の住宅地をご存知とのことで、いろいろと面白い話が聞けたのだが、その中でも一つとても印象に残った言葉があった。要約すれば、こんな内容になるだろうか −従来型の「都市計画」へのアンチテーゼとして「まちづくり」の必要性が言われてきて、今は都市計画よりもまちづくりの方が(地域の住環境づくりでは)関心が持たれているが、まちづくりで全てが出来るわけではない。もともとの(ハード的な)住環境の質が良くなければ、(ソフトな)まちづくりをいくらやってもまちはよくならないのであり、そのまちづくりでは出来ない部分をきっちりとやるのが、都市計画の役割なのだ− と。
住民主体の地域まちづくりに関心が移る中で、都市計画の意味づけが若干曖昧になりつつあるところもあるが、そんな中でもやはり都市計画が担うべき部分はあるのであり、またそこをきっちりとやるのが専門家の役割なのだ、ということだと理解した。目の前の社会の動きを追う中で、ついつい見逃されがちな本質的なポイントを指摘して発言する。これこそ学者がやるべき仕事なのだろう。さすが…というと失礼になってしまうが、改めて忘れていたことを思い出させていただいたような気がする。

Recent Comments