« August 2007 | Main | February 2009 »

Oct 29, 2007

軸足をどこに置くか?

 今月初めに、とあるシンポジウムを聴講した。「建築計画と不動産制度の連携」をテーマとしたもので、内容自体は以前から知っていた情報が中心だったが、パネリストの発言はなかなか興味深かった。特に印象深かったのが、あくまでも建築計画にこだわり、不動産制度に解決策を求めることをある意味残念がっていた(ようにみえた)大御所S先生の発言と、そのように指摘されたK先生が学生に向かって述べた、「建築計画に軸足を置きながら、他の分野に手を伸ばしていくことが重要」という発言である。スタンスは異なっているものの、どちらも「建築計画」にベースを置いて物事を考えている点は両者とも共通しているところが面白い。
 という話を聞いて、さて私の「軸足」とは何なのか、と考え込んでしまった。これまでにやってきたことを振り返ると、研究分野としては都市計画と住宅問題を主にやってきたが、どちらかに重点を置いていたというわけではない。都市計画については制度的な話とまちづくりとを並行してやっているし、住宅問題ではマンションを中心にしていたが住宅政策的なことも扱っている。最近は、防災復興系の調査研究に関わったり、仕事で建築計画に近いこともやっているし、NPOの活動や経営なんていうことも手がけている。大学で所属していたのは環境計画を主とする研究室で、そこでの助手時代は環境系の論文指導を中心にやってもいた。…というように、幅広くいろいろなことをやっている分、どこが「軸足」なのか分からないのである。こういうふうであるから、学会でどこの分野のセッションに出てもなんとなく「外様」である印象を感じてしまうし、はっきりとした軸足を持っている人々の集まる会合についても縁がないのだろう。
 私の出身学科は(少なくとも当時は)「ジェネラリスト」を育てることを目的としていて、都市計画や政策科学を中心に、経済学や社会学なども含めた幅広い教育を受けてきたので、その後もそういうスタンスで研究活動を行ってきてしまったが、ここにきてきちんとした「軸足」を定めなかったことが問題だったような気もしてくる。おかげで、ここをやっていればよいというはっきりとした研究フィールドが定まらないし、活動のベースとなるような所属グループも明確にないし、研究業績を示そうとしてもあれもこれもとなってしまいアピール力が弱くなってしまう。幅広く物事がみられる、分野にこだわらずいろいろなことが出来るというプラス面もあるが、全体的にみるとマイナス面の方が多いように思える。そのあたりは、最近になってより強く感じるようになってきた。
 そういう意味では、冒頭の話のように、どこかに軸足を置いた「スペシャリスト」でありつつ、他の分野にも踏み込むのがよいのかもしれない。となると、これから何を軸足にすればよいのだろうか。近年やるようになった防災復興や建築計画はいまさら難しいだろうし、住宅問題はそれなりにはやっているがもともとその筋に入っていないと難しい面もあるから、やはり都市計画になるのだろうか。もしくは、ジェネラリストのままで、スペシャリストにも負けない知識と能力を身につけていくしかないのかもしれない。となれば、いままで以上に努力して、(増やす分野分の)これまでの倍以上の成果を出す必要があるわけで。
 研究者として、この先どういうスタンスでどう生きていくべきか。難しいところである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 22, 2007

住宅は売り買いすべきものか

 最近のニュースでは、サブプライム問題が引き起こす世界経済への影響が繰り返し報道されている。「サブプライム」というと響きがよいが、実のところは「住宅ローン」問題である。アメリカで低所得向けに高金利で貸し出していた住宅ローンがデフォルト(焦げ付き)して、このローンを組み込んだ証券の価値が下がってしまい、経済に影響が出ているもの、と理解している(が、正しいだろうか)。ニュースでは、引き起こされた世界経済への影響の方ばかりが報道されて、その元凶である住宅ローンそのものの実態や問題はあまり扱われていないのだが、そこの部分を考えてみるといろいろと考えさせられるものがある。
 まずは、返済能力の十分ではない人に対して、ローンを提供して住宅を購入させるということが、果たしてよいのかどうかということ。返済能力が低くデフォルトする可能性がある人であっても、その分のリスクを見込んでサブプライムな高利子をつければ、ローン事業自体は成り立つはずだったのだろう。貸す側の金融機関は、慎重かつ十分な計算をした上で、そのような貸し出しを行っているに違いない。にも関わらず、想定以上にデフォルトは起きて、ローン事業そのもの及びこれを組み込んだ証券の価値を揺らがしているわけで、となればそもそもの「ローンを貸すこと」自体の意味や妥当性を疑ってしまう。
 もう一つは、住宅ローンを証券化して投資対象とすることがよいのかどうかということ。これまでの住宅ローンであれば、仮にデフォルトしても損を被るのは借りた個人と貸した金融機関だけであり、これはある意味互いの“自己責任”であると言えるだろうが、ローンが証券化されればより多くの投資家が損害を受けることになり、その結果が今回のような世界的な経済への影響につながってしまうのである。証券化というのは、リスクを分散することで投融資を円滑にするためのものだろうが、その分責任も分散されて見えにくくなり、影響もその分広がってしまうわけで、住宅という個人的なものに対するローンが、そういうふうに“広がって”いってしまってよいものなのか。
 さらに考えれば、証券化という方法を使ってまでしてローンを提供し、低所得者を含めた多くの個人に住宅を購入させるというやり方が、本当によいものなのだろうかという気もしてくる。そもそも住宅を買う必要がなければ、ローンも必要ないのであり、もちろん証券化も必要がなく、このような経済への影響もないわけである。住宅建設による景気へのプラスの影響は大きく、実際にサブプライムローンなどによる住宅建設・販売が近年のアメリカ経済の好況をつくってきたのだろうが、それが崩れた時のマイナスの影響が大きいことも事実であって。そういうことを考えると、住宅に対する政策全般が市場重視になっていく中で、その根底にある「住宅を売る/買う」という行為の意味を改めて見直さなければならないように思う。
 先日旅行した中国でも、かなり多くの巨大な住宅が建設・供給されていて、ある程度経済が活性化してくると、多くの富を得た人をターゲットにした住宅が供給されて、それが経済をさらに押し上げるという循環がある様子だったが、こういうやり方はいつまで続くものなのだろうか、それ以前に本当に良いやり方なのだろうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« August 2007 | Main | February 2009 »