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Jun 18, 2009

都市計画規制は好不況に影響されるべきか?

 静岡県の三島市が、導入予定だった高さ規制を、不況のため見送ったとの記事があった。記事によれば、高層マンション建築による紛争を抑えるべく、市内の広い範囲で高さ規制(高度地区)を導入しようとしたが、規制強化が市街地開発の制約となる恐れがあるため、導入を延期したという。
   不況で建築物の高さ規制を見送り、三島市(日経BP ケンプラッツ)
 この話を聞いた時は、延期したものをいつの時点で導入するのか?を疑問に感じた。不況のため延期なのだから、「好況」になったら導入ということになるのだろうか。好況の定義は難しいところだが、この場合は開発振興のために延期したのだから、単に景気がよくなったとか基準数値が上がったとかではなくて、「開発が起きるようになった」ことを指すのだろう。となれば、「開発が起き始めたらor盛んになったら導入する」ということになり、盛り上がった開発意欲に水を差すような形での導入を、誰がどうやって判断出来るのか?という気がする。さらに、盛り上がったところで導入するのだろうが、(再)導入の検討から実施までには時間がかかるから、導入ギリギリでの駆け込み申請が多くなる可能性も高い。また、この「猶予」期間に建てられたものは、導入後には既存不適格になるわけである。つまり、今後問題となる物件が増えるのは明らかであり、そのことをどう考えるのかと思ってしまうわけである。
 こう考えれば、むしろ不況の時、つまり開発が行われていない時だからこそ、規制を導入するという方が、長い目でみれば確実に街のためになるのではないかという気がする。そもそも、事前に規制を定めて紛争を回避するために高さ規制を準備したのだから、規制は開発が起こる前に導入されなければ意味がない。であれば、不況であるか否かにかかわらず、「あらかじめ」導入しておくことが必要なのであって、それを延期するというのは当初の論理を全く無視した対応ではないだろうか。こういう判断をした人達が、改めて規制の導入が出来るのかは、甚だ疑問と言わざるを得ず、このまま規制導入はお流れになるのではないか、という気もしてしまう。仮に導入を延期するとしても、当初予定していた規制強化の地域(市街化区域の約58%という)全体で延期する必要はないのではないか。マンションなどの開発が起きそうな地域や建ってもそれほど差し支えない地域を検討して、そこについては延期をするが、それ以外の地域は予定通り規制を行うのが、都市計画的な論理だと思うのだが。
 開発圧力を受けての広範囲での規制導入は他の地域でも行われているが、規制が緊急避難的なものとして位置づけられている限りは、今回のような形、つまり開発がないのだから規制はしなくてもよい、という論理がどうしても出てくるのだろう。その結果として、好況の時には規制を強化し、不況時には規制を緩和するという、景気に応じて都市計画を変えるような対応がなされるのかもしれない。都市計画というのは、昔のように長期的な将来像に基づいて固定的に規定するグランドデザインというよりは、その時々の街の状況に応じて柔軟に使い分ける道具のようなものになっているから、都市計画が変わること自体はそう問題ではないと思う。しかし、単純に好不況に左右されて、好況を呼び込むための手段のように使われることには、どうしても違和感を感じてしまう。そういう使い方から生じた問題が、バブル以降の規制緩和の流れの中でいくつもみられているではないか。もう少し長い目で都市を考えて、あるべき都市像を踏まえつつ、それを実現するために道具としての規制をうまく柔軟に活用する、という方向にいかないものだろうか。

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Jun 01, 2009

台湾の実態から被災マンション復興を考える

 台湾の被災マンション(区分所有集合住宅)の復興を扱った論文「区分所有集合住宅の再建事例にみる復興支援策の効果-台湾・集集地震における被災集合住宅の再建 その2」が、学会誌に掲載された(PDFファイルはこちら)。復興支援策の全体像をまとめた第1報(PDFはこちら)、支援策の個別事例への影響をみたこの第2報、そして台湾と神戸・阪神大震災の復興支援策を比較検討した英語論文(PDFはこちら)と、3本の論文を出すことができ、これでようやく台湾の震災復興研究が一段落した形である。
 思い返してみれば、初めて現地に行ったのが震災後2年半経った2002年で、その後2006年までの間に計5回訪れていろいろな人に話を聞いて回った成果が、これらの論文となった。当初は現地の事情が全く分からなかったが、通っているうちに徐々に状況がつかめてきて、ポイントがなんとなくみえていった。言葉も全く分からなかったわけだが、優秀な通訳兼コーディネーターに助けられるうちに、基本的かつ重要な単語くらいは分かってきて、現地の文章もおおよそ内容が理解出来るくらいにはなった(その点漢字というのは便利である)。
 これが初めての海外研究だったわけだが、この経験があったからこそ、その後日本・台湾・韓国のまちづくり比較研究なるものもはじめられたし、アメリカの都市計画調査もそれほど不安を持たずに参加することが出来た。そういう意味で、私にとって一つのターニングポイントとなった研究であり、その成果を震災10周年のこの年までにまとめて公表出来たことは、大変感慨深いものがある。

 ちなみに、この論文の最後は、次のような形でまとめられている。
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これより被災集合住宅の再建支援では、体系的な支援策を出来るだけ早い段階で提示すること、最大の問題である資金面での支援を行うことが重要であり、後者については適切なスキームの構築が求められる。さらには、所有者が個別に転居し生活を再建していく中で、従前所有者が共同で再建を行うことの意味や、これを重点的に支援することの意義を、改めて検討する必要があるといえる。
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 改めてまとめれば、一点目は、復興の支援策はとにかく早い段階で体系的に示されるべき、ということである。台湾では、強力な支援策が組まれたものの、その提示が遅れたために、個々人が個別に生活及び住宅の再建を行ってしまったことで、マンション再建が進まなかったという側面がある。つまり、支援策は「後出し」ではダメなわけで、最初に一気に全体的なものを示すことが重要ではないか、と考えている。そういう意味では、震災がまだ起きていない今のうちに、起きた時の支援策のフレームを検討し、提示しておくことが必要だと思うのだが。そうすれば、非常時に何をすべきか/何が出来るかをあらかじめ考えておくことが出来るわけで。
 二点目は、資金面の問題への対処が必要だということ。台湾では、建物が再建されるまでのつなぎ融資と、不参加者分の権利買取費用の費用拠出を行っており、これが大きな効果を挙げている。日本の場合には、低利融資という形が主に取られたわけだが、それに加えてこのような資金問題を完成後に“延期”する施策が有効ではと思う。台湾の場合、義捐金を元にした基金だったので可能だったが、日本でこういうことをどう行なえるのか、こちらについても平常時から考えておく必要があるのではないか。
 最後は、むしろ再建しなくてもよいのではないか?という、逆説的な意見である。先にも書いたように、台湾では個々人が個別に住宅を確保するなどした結果、マンション再建の際に参加する居住者は少ない割合となってしまった。こういう元の建物の居住者の半数以下しか戻ってこない再建事業を、果たして「建替え」と呼んでよいのかどうか。それよりも、居住者の一部が残って同じ場所に「新築」したと考える方が、物事がスムーズになるようにも思えるのである。今の日本の仕組みは、あくまでも「建替え」を前提として組まれているが、これを逆の視点からみて、前の居住者による「新築」として考えた方が、よいのではということである。これも視点の大幅な変更を伴うから、震災が起きる前からじっくり考えておく必要があろう。
 などと考えると、神戸では被災後15年、台湾では被災後10年を迎え、時間が経って問題を全体的に客観的に捉えられる今だからこそ、将来起こりうる都市部の大震災を踏まえた上で、再建のあり方を考え始めなければならないのではないか。…と思うのだが、研究者や行政官というのは、目の前で起きている問題には飛びつくが、それを後からじっくり検証したりする視点には欠ける部分があるので、なかなかこういう動きは起きないのである。次の地震が起きてからでは、遅すぎるのだけれども。

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