事例研究はどこに向かうべきか
とある研究会で、高齢者住宅の先進事例の話を聞く。NPOなどが中心となって、地域の住民が協力して高齢者をサポートする活動を行っているような例である。私自身も、NPOによる住宅事業などを研究しているので、そのような事例はいくつか調査しているのだが、自分の知らないところでまだいろいろと事例があるというのは、大変興味深い。
だが、聞いているうちに、若干の疑問も浮かんできた。今日紹介された事例や、私が調査している事例など、興味深い先進事例というのは全国にたくさんあり、まだ隠れているものもたくさんあるのだろう。しかし、それらを調査研究することを通じて、研究者は現場に対して何を提供出来るのだろうか?と思ってしまったのである。
調査研究を進めていけば、事例集のようなものはまず出来るし、事例に共通する成功要因や、活動の制約要因のようなものもみえてくるだろう。だが、そういう点については、先進事例に取り組む当事者は既に(少なくとも感覚としては)理解しているのであり、私のような研究者が指摘したところでそれほどの意味はない。あえて言えば、分かっていることが改めて確認出来ることくらいだろう。
当事者が直面する課題に対して、調査研究を通じて何らかの貢献が出来ればよいのだが、研究を通じて示せることと、現場で本当に必要としていることとの間には、やはりどうしてもギャップは生じてしまう。また、活動する当事者というのは、調査して分析して成果が出る頃には、おそらく課題をなんとかクリアしてもう次のステップへと進んでいる/進むことを考えているのであり、そういう意味ではいつまで経っても研究は「後追い」にならざるをえないのではないかという気もしてくる。
先進事例の当事者にとっては意味がないとしても、その後へ続こうとする二番手以降グループには、これらの情報が役に立つかもしれない。全くゼロから立ち上げるよりは、先駆者の経験やノウハウを元にした方が、効果的だからである。ただこれについても、第三者的な研究者を通じてよりも、当事者が直接伝えた方が効果的なのは言うまでもない。そういう意味で、研究者の役割はここでも二次的である。
課題をクリアするため、あるいは二番手が活動しやすくするため、「制度」化を志向するという役割もあるかもしれないが、今は制度化を行う国や自治体と研究者との間がなかなかつながっておらず、研究成果を制度や政策に直接的につなげることも難しい。また別の観点からみれば、NPOなどの活動は制度や政策に拠らないところで行われるからこそ意味があるのであり、そこに制度の枠をつくってしまうことは問題のような気もする。
などと考えれば考えるほど、事例研究の成果をどこに向けるべきか?がよくわからなくなってくるのである。このあたりは「まちづくり」に関する研究でも同じであり、こういう点に悩んだからこそ、「研究」ではなく「実践」する方向へとシフトした研究者が多く現れたようにも思える。とはいえ、実践だけでは不十分であり、研究することにも十分な意義があると、思っている(思いたい)わけだが、そういう実感が得られないのがつらいところである。
…というようなことを以前も考えたことがあるなと思ったら、すでに2006年4月のブログで同様のことを書いていたという。抱えている問題は3年経っても替わっていないようである。

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