「思考の種」を巻く場所として

 研究のブロクを立ち上げたものの、なかなか書けていないのが実情である。普段仕事としての研究で様々な文章を書いていて、その上でさらに個人の時間を使って研究関係の文章を書くというのが、なかなかやる気になれないのもあるのだが、まとまった形の文章を書こうとしてしまうのも、書けない大きな理由になっている。書くからにはある程度まとまった意見・主張が込められたものを書こうとしてしまうところがあるからだろう。ちょっとしたネタを思いつくことは結構あるが、それを一つの文章にまとめあげるまでにならないというか、まとめあげようとすると少し気が重いというか。
 とはいえ、そんなことではなかなか書けないし、また文字にしてみないことには思考がまとまらないところもあるから、出来るだけ積極的に書いていくようにしたい。まとまった形の文章であれば、別にブログでなくとも書ける場所はあるだろうし、ブロクという場だからこそ、もっと気軽に書いていこうと思う。まだまとまった意見にはならない、ちょっとしたアイデアとか考え、いうなれば「思考の種」のようなものを、この場にどんどん書いていければと。ここに書いたこと自体にそれほどの意味はないだろうが、書いたものの中から後々一つでも二つでも「花」が咲けばありがたい、くらいの感じで。
(と宣言すれば、少しは書く気になる…かもしれない)

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権利をまとめていく手法を

 厚生労働省の人口動態統計で、日本の総人口が減り始めたとのこと。いよいよ人口減少社会が到来したことになる。この問題は、近年住宅・都市分野でホットなテーマとなっていて、いろいろな研究が行われ始めている。人口がいずれ減ること自体は以前から分かっていたのだから、もっと早く取り組まれてもしかるべきだけれど、実感がないと取り組もうと思わないのか、あるいは研究というものにも流行りがあるからなのか、ここに来て盛り上がりを見せているわけである。
 私自身は直接こういう研究自体をやっているわけではないけれど、2050年の都市居住を考えるという書籍を企画・執筆したこともあって、この問題には関心を持っている。他の研究者同様、人口が減少していく中で、都市全体や住宅地・住まいをどのようにしていくか、ということである。
 友人の饗庭氏は「縮退のアーバンデザイン」と言って都市デザインの観点から問題を考えているが、私の場合には言うなれば「権利の縮減方策」、土地や住宅の権利をどうやってまとめていくか・減らしていくかという問題を考えている。
 振り返ってみれば、これまでの都市というのは、権利を細分化することで拡大・発展してきた。郊外では大地主が持っていた森や畑を開発して住宅地として区画割りして個別に分譲、都市内では一定のまとまった敷地にマンションを建てて住戸毎に分けて分譲して区分所有するなど、土地の権利を細かくすることで住宅の数を増やしてきたわけである。近年でも、大きな敷地の邸宅が相続の際に売られて3階建ミニ戸建になったり、都心部の容積が緩和されて数百戸規模の超高層マンションが出来たりしている。私の研究テーマであったマンションの建替えも、余剰容積を活かして戸数を増やして売っており、つまりは土地を分割し切り売りしている。このように権利を細かく割って売ることで、人口の増加に対応すべく住宅を増やすとともに、事業の資金を確保してきたのである。
 この「権利を細かくして住宅を増やし、住宅を売ることで事業資金を得る」というスキームが、今後の人口減少社会では成り立たなくなる。まずは、住宅を増やす必要がなく、逆に住宅を減らさなければならない。そこでは権利を細かくするのではなく、まとめていく必要が出てくるのだが、細かくした分を売って資金を得ることは出来ないのであって、これに変わる事業資金の確保方法を考えなければならなくなる。お金を生み出すベクトルとは逆の方向に進めつつ、そのためのお金を生まなければならないわけで、これは非常に難しい。
 こう考えた時、その分の資金は公的に…という話になりがちだが、今後の社会を考えれば公的資金でというよりは、所有者同士の何らかの契約や協同によって、権利をまとめていかなければならないのだろう。そんなことを考える際に、マンションの建替えというのは格好の題材だと思っている。マンションのような細かく分かれた権利を、再生事業の中でまとめる方法が出来たならば、郊外の戸建住宅地などでも応用可能で効果的だと思うのだが。

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使いやすさと美しさの両立

 またしてもホテルの問題が発覚した。今度は東横インの「不正改造」工事。規定に従った図面で確認を通し、完了検査の後に工事をしてエントランス部分の改造や部屋の追加をしていたという。安価なホテルとして成長していた会社で、私も何度か泊まったことがあるが、そんなことが行われているとは知らなかった。もちろん、泊まるのは改築後であるのだから、宿泊者が気づくことはないのだが。
 部屋の追加に伴う容積率のオーバーは言語道断だが、エントランス部分の改築については、朝日新聞のこの写真などをみると、少し考えてしまう。街並みとしてみれば、完成時点(規定通りの設計)よりも、改造後の方が、良いものに見えるからである。既定の台数の駐車場はつくらなければならない、障害者用の駐車スペースもつくらなければならないのであるが、通り沿いの1階部分に機械式駐車場やコンクリートむき出しの駐車スペースがあるというのは、景観的にはやはり望ましいものではない。まあ、この場合は初めから改造を前提として意図的にあれだけひどい形で一旦完成させていたのだろうが、何も工夫せずに単に規定だけを満たそうとすれば、ああいう形のものが出来てもおかしくないということだろう。
 こういうのをみると、建物の使いやすさと美しさ、まちにあるべき機能と美観とをどう両立・調和させていくかという基本的な問題が思い起こされる。建築設計者の創意工夫で出来るだけ調和させるのが望ましいわけで、それを促し義務づけるのが景観法や景観条例などの美観を規定する制度なのだが、この規定内容と、基準法やハートビル法や福祉条例などの制度による機能の規定内容とが、根本的に相容れないような状況も起こりうるのではないか。そのときにはどうすればよいのか。使いやすさと美しさとを調和させたものづくりが「ユニバーサルデザイン」と呼ばれるのだろうが、建物やまちの空間についてはもちろんのこと、制度のレベルでもユニバーサルなデザインをすることが、必要になってくるのかもしれない。

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研究blog開始

 研究関係のblogを新たに始めることにした。以前から書こう書こうと思いつつ、なかなか手がつけられずにいたのだが、新年になったのをきっかけに始めてみようと思う。専門である住宅・都市計画の分野で、研究に関して考えていること、書籍や論文に関する感想・批評、現実の社会について思うところなどを書いてみるつもりである。論文などには出来ない思いやアイデアを文章の形にして残しておきたいのと、書くという作業を通じて自分の考えを形づくっていこうというのが、blogを始める主な目的だ。
 思い返してみれば、昔学生だった頃はちょっとした考えでも紙に書いてみていたし、実際Niftyserveの会議室等で他の人達に向けて考えを書くことも多かった。そういう行為を積み重ねる中で、自分の意見をまとめられたし、人と議論することも覚えたし、意見を論文としてまとめることが出来たように思う。しかし最近では、考えはするが書いてみることは少なくなり、また考えを友人との間で議論はするがそれを文字として残すことはなくなってしまった。
 考えやアイデアを生み出し形にする上で、やはり「書く」という行為は重要であるし、また人に公開することを想定して書くということもまた重要なことである。そのあたりを改めて思い起こして、blogを書くことに取り組んでいこうと思う。ここで書いたことから新しいアイデアや論文の種が生まれればよいし、ここで書いたことが誰かの研究や実践の参考にでもなってくれればありがたい。

(注:以前ここで書いていた私的blogは移転しました。ウェブサイトよりお越し下さい。)

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