「『住宅』という考え方」松村秀一著
雑誌「住宅」に掲載された書評原稿です。
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世紀末を迎えて、最近では20世紀を振り返る考察が数多くみられる。この百年の特徴として、世界大戦の勃発、人口の急激な増加、科学技術の進歩などが挙げられるが、これらの変化は住宅に対しても大きな影響を与えている。戦後の人口増加、特に都市部への集中に伴って、短期間で大量の住宅を低価格で供給する必要が生じ、これに対応すべく様々な技術が提案・開発され、今日の居住様式に至ったといえるだろう。この過程を扱ったのが本書であり、20世紀特有の社会状況から生じた課題を受け、科学技術という今世紀に特徴的な考え方によって作りだされた、まさに「20世紀的」な住宅の姿が描かれている。
5つの章・20の節からなる本書では、多種多様な住宅が扱われている。20世紀初頭のアメリカでの通信販売住宅から、工場生産された既成の部品を用いた建築、住宅公団の標準設計住宅、ユニット工法による箱形住宅、近年の商品化されたプレファブ住宅など、国内外の様々な住宅の姿を豊富な実例と図版を用いて示している。実際に建設・生産されたもののみならず、実験的に行われた取り組みや、アイデアとして提示されたが実現しえなかったものまでも含めて紹介しており、これによってそれぞれの設計者・技術者の住宅に対する「考え方」がはっきりとみえてくるのが面白い。
これらの住宅はおおよそ年代順に語られており、通して読むことで住宅づくりの動向・変遷を全体的につかむことが出来る。各章のタイトルを借りるならば、新しい技術やアイデアに基づく「居住革命」にはじまり、これを一般化すべく「量産の夢」を目指した技術化・工業化が進展、続いて標準化されつつも多様性や個性を出した「商品としての住宅」が現れる、という流れとして整理できよう。このような変化の中で様々な技術・手法が提案され、うち一部は普及することなく消えうせ、一部は社会に定着して当たり前のものとなり、また今後の住宅づくりの発想の基になっている様子がうかがえる。これらの知見は、現在の住宅を取り巻く状況を理解するための、明快な見取り図になるに違いない。
内容をこのように語ると、住宅の工業化の過程を丹念に説明した技術的な本だと思われるかもしれないが、本書は専門家でなくても読みやすく分かりやすいものになっている。その理由の一つは、それぞれの節が特定のテーマに絞って書かれ、手ごろな長さの独立した読み物としてまとまっている、本書の構成の上手さであろう。全体として時代の変遷を追いつつも、各節は異なる切り口から書かれているので一つ一つに読みごたえがあり、途中で飽きることがない。また一冊を最初から最後まで読み通すだけではなく、一節読んだところで一旦止めることも出来るし、気になる節だけを部分的に読んでいくことも可能な構成なので、時間のない人でも無理なく読むことが出来る。このあたりは、分割された部品を組み立てて作るプレファブ住宅とも通じる印象もあり、この研究を長年手がけてきた著者ならではのアイデアなのかもしれない。
本書が読みやすいもう一つの理由は、筆者の住宅に対する温かい眼差しが感じられる点にあろう。工業化された住宅であっても単なる製品としてみるのではなく、親しみを持った視点で描いている。特に最後の節で語られる、長きに渡って使い続けられてきた「名もなき住宅たち」への文章からは、慈しみにも似た感情が伝わってくる。この温かい眼差しは住宅を作ってきた技術者に対しても同様であり、同業者としての親近感とともに、先達への尊敬の念を込めて人間像が語られているようである。さらには住宅に暮らす人々の姿にも思いをはせ、一見画一的で個性がないとみられがちな工業化住宅でも、住み手の関わり方によって豊かな空間が作りあげられることを、随所で示唆しているのも興味深い。このような視線があったからこそ、本書が単なる技術論だけに終わらず、住宅という文化を語るものになりえたのだと思われる。
住宅をつくる側は自らの仕事の意味と今後のあり方を考えるために、住む立場からは自らの暮らす住宅の価値を見いだしこれからの住まい方を考える意味で、ぜひ読んでいただきたい一冊である。

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